こんにちは、栗場石健一です。介護系の会社で実際に成果が出た、リスキリング採用の事例をご紹介します。従来の採用手法では1人あたり50万円かかっていた採用単価を、ある工夫を加えるだけで18万円まで引き下げることに成功。ポイントは、人余りの業界から人手不足の業界へ人材をシフトさせるという発想と、それを実現するための業務を小分けにするというノウハウの組み合わせです。
例えば、アパレル業界で20年働いてきた41歳の方を介護業界に転職してもらう、といった業界横断の人材シフトを心理的ハードルを下げる工夫によって現実的に成立させています。これは現在の労働市場の構造的課題に対する一つの実践的な解答を示しています。
限られた経験者の奪い合い
企業側は「人が足りない、応募が来ない」と悲鳴を上げ、求人広告費は年々高騰しています。介護、物流、建設、飲食といった業界では慢性的な人手不足が常態化しており、事業拡大どころか現状維持すら危ぶまれる状況に陥っている会社も少なくありません。
求人広告を出しても応募してくる人の多くは同業界の経験者狙いであり、限られたパイを企業同士で奪い合う構図になっています。その結果、採用単価は跳ね上がり、ようやく採用できても他社との条件競争に巻き込まれて早期離職、というサイクルが繰り返されています。事例で紹介した介護会社も、こうした厳しい採用環境の中で、1人採用するのに50万円という高額なコストを支払い続けていました。
人が余っているのに足りない!?
なぜここまで採用が困難になっているのでしょうか。本質的な原因は、現在の労働市場が「人余りの人手不足」という極めて歪な状態にあることです。一見矛盾した表現ですが、これは業界別に見ると正確に状況を表しています。介護業界では100人足りない、その一方でアパレル業界では100人余っている──このように、業界間で深刻なミスマッチが発生しているのが今の日本の労働市場の実態なんです。
人口減少で全体の労働人口は確かに減っていますが、それ以上に業界間の人材偏在が問題を深刻化させています。「人がいない」のではなく、「いる場所」と「欲しい場所」がズレているのです。では、なぜ余っている業界から不足している業界へ人材が流れないのか。最大の原因は、未経験業界への転職に伴う心理的ハードルの高さです。
例えば、アパレルで20年キャリアを積んできた人にとって、介護業界に飛び込むことは、覚えるべき知識やスキルが膨大で、「自分にできるだろうか…」という不安が圧倒的に大きくなります。これまでのリスキリング施策は「新しい業界の仕事を一通り覚えてから働いてもらう」というアプローチが主流でしたが、この高いハードルが転職を踏みとどまらせる最大の要因になっていました。
小分けにして段階的に
そこで実践されたのが、「業務を小分けにしてミニマムで採用する」という発想の転換です。従来は「介護業界で働くなら、掃除、入浴介助、清拭、散歩の付き添いなど、多岐にわたる業務をすべて覚えてください」というアプローチでした。これを次のように切り替えます。
「まずは入浴介助だけ覚えてくれたら、仕事があります」
このメッセージの変化が、採用の風景を一変させました。具体的な変更ポイントは以下の通りです。
変更点1:業務範囲の絞り込み
採用時に求めるスキルを、業務全体ではなく「最小単位」に限定する。介護業界であれば、入浴介助というひとつの業務に絞って募集する。
変更点2:「全部覚えてから」ではなく「働きながら覚える」
最初に必要な業務だけを習得してもらい、残りは入社後に働きながらゆっくり覚えていけばいい、という前提に切り替える。
変更点3:採用メッセージの再設計
「未経験OK!介護のお仕事」という曖昧な訴求ではなく、「入浴介助だけできれば、あなたを採用します」という具体的かつ限定的な訴求に変える。これによって、応募者は「自分にもできそうだ」という具体的なイメージを持てるようになります。
この発想は介護業界に限らず、物流業界などの他職種にも応用可能です。「倉庫作業も、道も、運転も、積み下ろしも、伝票整理もすべて覚えてください」という募集ではなく、「まずはA地点からB地点に物を運ぶことだけやってください。あとはそれからでいいですよ」という募集に変える。これだけで、採用の窓口は劇的に広がります。
約64%のコスト削減を実現
このリスキリング採用の導入により、介護会社の採用単価は50万円から18万円に下がりました。これは単純計算で約64%のコスト削減に相当します。
10人採用するケースで考えれば、従来500万円かかっていたコストが180万円に圧縮され、320万円ものコスト削減効果が生まれる計算になります。さらに見落とせないのは、採用単価の削減だけでなく、採用できる人材の母集団そのものが拡大したという効果です。
これまでアプローチできなかった「異業種の人余り層」にリーチできるようになったことで、量と質の両面で採用の選択肢が広がりました。
業界経験者の取り合いという消耗戦から抜け出し、未経験だが意欲のある異業種人材という新しい採用市場を開拓したことが、この事例の本質的な成果と言えます。
なぜうまくいったのか?
この事例の成功要因を分析すると、以下の3点に集約されると考えます。
1. マクロの労働市場構造を正確に捉えた戦略設計
多くの中小企業の採用担当者は、「自社の業界で人が足りない」というミクロの視点でしか採用課題を見ていません。しかしこの事例は、「業界間で人材の偏在が起きている」というマクロの構造を正確に捉えた上で、戦略を組み立てています。
「同業界の経験者を奪い合う」というレッドオーシャンから、「異業界の人余り層を取り込む」というブルーオーシャンへの戦場転換。この発想ができるかどうかが、第一の分岐点です。
2. 応募者の心理的ハードルへの徹底的な配慮
リスキリング採用がこれまでうまくいかなかった理由を、「制度の問題」ではなく「心理的ハードルの問題」と正確に診断したことが、この事例の核心です。
41歳でキャリアチェンジを考える人が、本当に怖いのは「給料が下がること」ではなく、「新しい環境で自分が通用するか分からないこと」です。この不安に対して、「全部覚えなくていい、まずはこれだけでいい」というメッセージは、極めて効果的に作用します。
採用は「条件提示」ではなく「不安の解消」だという視点に立てるかどうか。これが第二の分岐点です。
3. 業務分解の解像度
「業務を小分けにする」と一言で言っても、実際には自社の業務を細かく分解し、「どの業務であれば未経験者でも単独で習得・遂行可能か」を見極める作業が必要です。
これは単純なノウハウではなく、経営者や現場リーダーの業務分解能力が問われます。漠然と「介護の仕事」と捉えていた業務を、「入浴介助」「清拭」「散歩付き添い」と分解し、その中から「未経験者でも入りやすい入口業務」を特定する目利きが必要になります。
あなたの会社でも応用・実践するには?
このリスキリング採用をどう応用するか考えてみます。
応用例1:求人広告の見出し変更による即効性のある改善
最も即効性のある応用は、現在出稿している求人広告の見出しを「業務小分け型」に書き換えることです。
たとえば製造業の中小企業で「正社員募集!製造スタッフ」という見出しの広告を出しているクライアントがいるなら、これを「まずは部品の梱包だけ。それ以外は働きながらでOK!」という訴求に書き換える。これだけで応募数が大きく変わる可能性があります。
Indeed運用代行の月次改善提案として、「見出しの書き換え→業務小分け訴求への転換」を提案する。これはすぐに数値で効果検証できる施策であり、クライアントへの提案価値が極めて高いと考えます。
応用例2:自社で業務分解をやってみる「5つの問い」
リスキリング採用の最大の壁は、「自社の業務をどう小分けにすればいいのか分からない」という点にあります。長年その仕事をしている経営者や現場リーダーほど、業務を「ひとかたまり」として見てしまい、分解する視点を持ちにくくなっています。
そこで、自社で業務分解に取り組む際の出発点となる5つの問いを紹介します。社内の幹部ミーティングや現場リーダーとの打ち合わせで、ぜひこの問いを使ってみてください。
問1:今ベテランがやっている業務のうち、新人でも単独で完結できる業務はどれか?
ベテランが「自分にしかできない」と思い込んでいる業務の中にも、実は切り出して新人に任せられる業務が混ざっています。まずは現場のベテランに、自分の1日の業務をすべて書き出してもらうところからスタートします。
問2:その業務を覚えるのに、どれくらいの時間がかかるか?
書き出した業務それぞれについて、未経験者がゼロから習得するのに必要な時間を見積もります。「1週間で覚えられる業務」「1ヶ月かかる業務」「3ヶ月以上かかる業務」と段階分けすることで、入口業務の候補が見えてきます。
問3:その業務だけを切り出して募集したら、応募者にとって魅力的に見えるか?
業務を切り出せたとしても、それが応募者にとって「やってみたい」と思える内容でなければ意味がありません。「掃除だけ」「電話対応だけ」では応募が来ない可能性があります。応募者の立場で「この業務だけなら自分にもできそう、やってみたい」と感じられる入口を選ぶ視点が重要です。
問4:その業務を任せても、現場の生産性は維持できるか?
入口業務を切り出した結果、ベテランの負担が増えたり、現場の連携が崩れたりしては本末転倒です。業務を切り出す前と後で、現場全体の生産性が維持(または向上)できるかをシミュレーションします。
問5:その業務を起点に、半年後・1年後にどんな業務まで広げられるか?
入口業務だけで終わらせず、入社後の成長ロードマップを描けるかを検討します。「半年後にはこの業務まで、1年後にはここまで」という見通しがあると、応募者にも「成長できる職場だ」と伝えられます。
この5つの問いを社内で議論するだけでも、自社の業務を見る目が大きく変わります。業務分解は、採用施策であると同時に、業務改善のチャンスでもあるのです。日常業務を当たり前と思わずに分解してみることで、「実はこの業務、外注できるんじゃないか」「この業務、もう廃止していいんじゃないか」といった発見も生まれます。
まとめ
「採用単価50万円→18万円」という劇的な成果は、特殊な裏技ではなく、労働市場の構造を正確に捉えた上での発想転換から生まれたものです。
最後に3つにまとめます。
第一に、「自業界の経験者」というレッドオーシャンから抜け出すこと。日本の労働市場は業界間でミスマッチが起きているという構造を理解した上で、異業種の人余り層に目を向ける視点を持つ。これだけで採用の選択肢は何倍にも広がります。
第二に、「全部覚えてから」を捨て、「これだけ覚えれば」に切り替えること。応募者の心理的ハードルを下げる業務分解ができれば、これまでアプローチできなかった層にリーチできるようになります。
第三に、業務分解と段階的育成をセットで設計すること。採用ハードルを下げるだけでなく、入社後の育成体制をきちんと整えることで、リスキリング採用は持続可能な戦略になります。
求人広告費の高騰と人手不足のダブルパンチに苦しむ中小企業オーナーにこそ、このリスキリング採用の発想を、ぜひ次の採用戦略に取り入れていただきたいですね。

