「1人で何でもできる人」を諦めた中小企業に、応募が殺到した理由

こんにちは、栗場石健一です。地元の屋根専門リフォーム会社が、ジョブ型雇用を取り入れたことで、1年間で300人を超える応募を獲得した事例です。

特筆すべきは、採用枠が5人だったのに対し、その60倍にあたる300人もの応募が集まったという点です。「人がいない」「応募が来ない」と悩んでいた中小企業が、雇用の仕組みそのものを見直すだけで、これだけの応募者を呼び込めることを示した事例ですね。

具体的に取り入れたのは、「事務」「現場仕事」といったひとかたまりの仕事を細分化して、業務ごとに別々の人を雇うというアプローチです。「測量だけをする人」「見積書・請求書作成だけをする人」というように、業務を切り出して募集することで、これまで採用市場に出てこなかった潜在労働力を掘り起こすことに成功しました。

目次

業務の幅が広すぎて…

「職人が足りない」「事務員が見つからない」と多くの経営者が悲鳴を上げていますが、求人広告を出しても応募が来ない状況が常態化しています。給与を上げても、若手は同業界の大手や、より労働条件の良い業界に流れてしまいます。

この事例の屋根リフォーム会社も同じ悩みを抱えていました。「屋根職人募集」「事務スタッフ募集」と求人を出しても、なかなか応募が集まらない。応募が来ても、要求される業務の幅が広すぎて「自分にはできない」と辞退されるケースが続いていました。

地方の中小企業にとって、人材確保は事業継続そのものに関わる死活問題になりつつあります。

日本型雇用の構造の欠点

なぜ中小企業の求人にここまで応募が集まらないのか。本質的な原因は、「一人で何でもやってもらう」という日本型雇用の構造そのものにあります。

日本の伝統的な雇用慣行では、「事務職」と募集すれば、経理、請求書・見積書作成、給与計算、年末調整、入社手続き、お茶汲み、コピー取り、銀行業務まで、全てをこなすことが期待されるのが一般的です。「現場仕事」と募集すれば、測量、施工、片付け、顧客対応まで、職人として一通り全てをこなす必要があります。

しかし、この「何でもこなせる人」というのは、現実にはほとんど存在しません。むしろ多くの人は、「○○の業務は得意だが、△△は苦手」「□□だけならできる」という、特定業務に強みを持つ部分労働力として存在しています。

たとえば、結婚や出産で一度キャリアを離れた主婦層には「事務全般は厳しいけれど、見積書作成だけならできる」という人が多くいます。職人を引退した高齢者には「現場の重労働は無理だけれど、測量の知識と経験はある」という人がいます。しかし、従来の「フルセット型」の求人では、こうした人たちは「自分には無理」と応募を諦めてしまうのです。

つまり、中小企業の採用難の根本原因は、「全部できる人を求めている」という採用設計と、「一部だけならできる人」という労働市場の実態との間に、大きなミスマッチがあることなのです。

仕事の細分化

そこで取り入れられたのが、「ジョブ型雇用」=仕事の細分化というアプローチです。具体的なステップは以下の通りです。

ステップ1:既存の業務を細分化する

まず、自社の業務を「ひとかたまりの職種」として捉えるのをやめ、個別の業務単位に分解します。

たとえば「事務職」という1つの職種を、

  • 経理処理
  • 請求書・見積書作成
  • 給与計算
  • 年末調整
  • 入社手続き
  • お茶汲み・コピー・銀行業務

といった具合に、業務ごとに分解して書き出します。「現場仕事」であれば、

  • 測量
  • 施工
  • 仕上げ
  • 片付け
  • 顧客対応

というように分解します。

ステップ2:切り出せる業務を特定する

分解した業務の中から、「他の業務と切り離して、その業務だけを単独で担ってもらえる業務」を特定します。

たとえば屋根リフォーム会社の場合、「測量」は施工と切り離して独立した業務として成立します。「見積書・請求書作成」も、他の事務業務と切り離して単独で担ってもらえます。

切り出しの判断基準は、「その業務だけを単独で完結できるか」「他業務との連携が最小限で済むか」という2点です。

ステップ3:切り出した業務単位で募集する

切り出した業務について、「この業務だけをやる人」として募集をかけます。

屋根リフォーム会社の事例では、

  • 「測量業務のみ」として募集→引退した元職人で「まだ少し働きたい」という人が応募
  • 「見積書・請求書作成のみ」としてパートタイムで募集→結婚・出産でキャリアを離れた主婦層から多数応募

このように、これまでの「フルセット型」の求人では絶対に応募してこなかった層が、業務を切り出した瞬間に動き始めるのです。

ステップ4:複数の人材で1つの職種を構成する

従来は1人が「事務職」「現場職人」を一括で担っていた業務を、複数の人材が分担して担う組織体制に切り替えます。

事務職であれば、「経理担当」「請求書作成担当」「総務・庶務担当」が別々の人として在籍する。現場職人であれば、「測量担当」「施工担当」「仕上げ担当」が別々の人として連携する。こうした組織設計に変えることで、これまで採用できなかった人材を活用できるようになります。

一部だけでもできる人を狙う

このジョブ型雇用の導入により、屋根リフォーム会社では1年間で300人の応募が集まりました。採用枠5人に対して300人ということは、競争倍率60倍という、中小企業ではありえない応募状況です。

数字以上に重要なのは、これまで採用市場に出てこなかった層を呼び込めたという点です。

  • 引退した元職人(知識・経験は豊富だが、フルタイムの肉体労働は厳しい)
  • 結婚・出産でキャリアを離れた主婦(過去の経理スキルは持っているが、フルタイム勤務は難しい)
  • 副業希望者(本業を持ちながら、特定スキルで貢献したい)
  • 障がいや育児等で勤務時間に制約のある人(特定業務に集中することで戦力になれる)

こうした「潜在労働力」は、従来のフルセット型雇用では「自分には無理」と応募を諦めていました。しかし、業務を切り出すことで、彼らの強みを発揮できる土俵が生まれ、結果として中小企業の人材不足の解消に繋がりました。

さらに副次効果として、社員の専門性が深まるというメリットもあります。「測量だけ」を担当する人は、測量のプロフェッショナルとして業務に集中できるため、結果的に業務品質も向上します。

なぜうまくいったのか?

この事例の成功要因を分析すると、以下の3点に集約されると考えます。

1. 「フルセット型雇用」という日本の慣習を疑った発想

多くの中小企業の経営者は、「一人で複数業務をこなせる人を雇うのが当たり前」と考えています。これは日本企業に深く根付いたメンバーシップ型雇用の文化であり、ほぼ無意識の前提になっています。

しかしこの事例の本質は、「全部できる人」という幻想を捨て、「一部だけできる人」を組み合わせて組織を構成するという発想転換にあります。欧米では一般的なジョブ型雇用の考え方を、日本の中小企業の現場に持ち込んだことが、第一の分岐点です。

2. 採用市場の「需要と供給のミスマッチ」を正確に捉えた視点

労働市場には、「フルタイムでなんでもこなせる人」は確かに不足しています。しかし、「特定業務だけならできる」「短時間なら働ける」「特定スキルを活かせる仕事を探している」という潜在労働力は、実は大量に存在しています。

引退後の元職人、主婦層、シニア層、副業希望者──彼らは従来の求人では出てこない「見えない労働力」ですが、業務を切り出した瞬間に応募者として現れます。労働市場には「採用したい層」と「働きたい層」のミスマッチが起きているという認識が、第二の分岐点です。

3. 「採用」を超えた「組織設計」への視野

ジョブ型雇用の導入は、単なる採用手法の変更ではなく、組織の働き方そのものを変える経営判断です。1人が複数業務をこなす体制から、複数人が業務を分担する体制への移行は、業務フロー、コミュニケーション、人事評価など、組織のあらゆる側面に影響を及ぼします。

この経営判断ができるかどうか──「採用がうまくいかない」を採用部門だけの問題と捉えるのではなく、組織設計全体の問題として捉え直せるかどうか。これが第三の分岐点です。

あなたの会社で実践・応用するためには?

今回、強調したいのはジョブ型雇用は「採用難への対症療法」ではなく、「組織のあり方を変える戦略的選択」だということです。導入には準備と覚悟が必要ですが、その効果は採用以外の領域にも及びます。

応用例1:自社の業務を「ジョブ単位」に分解する

最初のステップは、現在自社にある職種を業務単位に分解することです。以下のような表を作って整理してみてください。

現在の職種:事務職

  • 経理処理(月の作業時間:約40時間)
  • 請求書・見積書作成(月の作業時間:約30時間)
  • 給与計算(月の作業時間:約20時間)
  • 電話対応(月の作業時間:約15時間)
  • 来客対応(月の作業時間:約10時間)
  • 庶務(コピー、お茶出し等)(月の作業時間:約15時間)

現在の職種:営業職

  • 既存顧客対応(月の作業時間:約60時間)
  • 新規開拓(月の作業時間:約40時間)
  • 提案資料作成(月の作業時間:約30時間)
  • 売上管理・報告(月の作業時間:約20時間)

このように業務を分解して時間を当てると、「実はこの業務だけなら、別の人にお願いできる」という切り出し可能な業務が見えてきます。

応用例2:切り出した業務を「最適な人材プロファイル」とマッチングする

業務を切り出したら、それぞれの業務に「どんな人が最適か」を考えます。

  • 経理処理のみ→経理経験のある主婦層、または定年退職後の元経理担当者
  • 請求書・見積書作成のみ→在宅ワーク希望の主婦層、または副業希望のフリーランス
  • 電話対応のみ→ コミュニケーション力に自信のあるシニア層
  • 営業の新規開拓のみ→営業経験を活かしたい主婦層、副業希望のビジネスパーソン

このように、業務とそれを担える人材像をセットで考えることで、「自社の業務に最適な潜在労働力」が見えてきます。

応用例3:具体的な募集方法──業務名を主役にする

求人を出す際は、「事務職募集」ではなく「請求書・見積書作成スタッフ募集」というように、業務名そのものを職種名として打ち出します。

具体的な募集文の書き方の例は以下の通りです。

請求書・見積書作成スタッフ募集(在宅勤務可・週20時間〜) 過去に事務職の経験がある方で、週何日かだけ自分のペースで働きたい方を募集しています。お任せするのは請求書と見積書の作成・送付のみ。他の事務業務はお願いしません。あなたの『これだけは得意』を活かせる職場です」

このように、「業務範囲が限定されていること」と「柔軟な働き方ができること」を前面に出すことで、潜在労働力の心に響くメッセージになります。

応用例4:ディレクション体制の整備──組織設計の見直し

ジョブ型雇用を導入する際、最大の注意点は「ディレクションコスト」が増えることです。

1人で10個の業務を回していた時は、その人の頭の中で業務間の連携が取れていました。しかし、10人がそれぞれ1業務ずつ担当するようになると、業務間の引き継ぎ、進捗管理、情報共有を統括する役割が必要になります。

導入時には、以下の準備を並行して進めることが重要です。

業務マニュアルの整備

各業務の手順を文書化し、担当者が変わっても引き継げる状態にする。

情報共有ツールの導入

Slack、Chatwork、Notion等で業務情報を一元管理し、関係者が必要な情報にアクセスできるようにする。

統括責任者の設置

複数の業務担当者を束ねる「マネージャー」を社内に置き、業務の全体最適を担当させる。

業務間の連携ポイントの明確化

「経理処理が終わったら請求書作成に連携する」など、業務間のフローを可視化する。

中小企業の経営者にとって、これは「採用」というより「組織のOSをアップデートする経営判断」になります。

応用例5:段階的に導入する

いきなり全部署をジョブ型に切り替えるのではなく、まずは一つの業務から実験的に切り出すのが現実的です。

たとえば、最も人手不足を感じている部署の業務の中から、「これだけ切り出しても他に影響が少なそう」というものを一つ選び、そこから始めます。3〜6ヶ月運用してみて、ディレクションコストや業務品質に問題がないか検証し、問題なければ次の業務を切り出していく──というステップを踏むことで、リスクを抑えながら組織を変革できます。

応用にあたっての注意点

最後に、このアプローチを実践する際の3つの注意点をお伝えします。

注意点1:組織のディレクション能力が前提

業務を細分化すればするほど、それを統括する側のマネジメント力が問われます。経営者や統括責任者が業務全体を俯瞰して采配できる能力を持っているか、あるいは持てる人材を育成・採用できるかが、ジョブ型雇用の成否を分けます。この能力なしに業務だけ細分化すると、現場が混乱して逆に生産性が下がります。

注意点2:「ジョブ型雇用」と「リスキリング採用」の使い分け

よく似たもので、「リスキリング採用(業務の小分け)」があります。これは未経験者を採用するための入口業務の絞り込みです。一方、ジョブ型雇用は、経験やスキルのある人に特定業務だけを担ってもらう仕組みです。両者は思想的に近いですが、目的と対象が異なります。

未経験者を呼び込みたいのか、特定スキルを持つ潜在労働力を呼び込みたいのか、目的に応じて使い分けることが重要です。両方を組み合わせれば、採用市場の幅広い層にリーチできます。

注意点3:既存社員への配慮

ジョブ型雇用を導入すると、これまで「何でもこなしていた」既存社員が「自分の仕事が奪われた」と感じる可能性があります。導入の際は、既存社員にも丁寧に趣旨を説明し、「業務の細分化によって、あなたが本来注力すべき業務に集中できるようになる」というポジティブな再定義を行うことが大切です。

まとめ

中小企業の採用難の本質は、「人がいない」のではなく、「フルセット型雇用と潜在労働力のミスマッチ」にあります。業務を細分化するだけで、これまで採用市場に出てこなかった人材が動き始めます。

中小企業オーナーや採用担当者にとっての実践的な学びは、次の3点に集約されます。

第一に、「全部できる人」を求めるのをやめ、「一部だけできる人」を組み合わせる発想に切り替えること。フルセット型雇用は、日本企業に深く根付いた慣習ですが、それが今の労働市場と合っていません。前提を疑うことから採用改革が始まります。

第二に、労働市場には「見えない潜在労働力」が大量に存在することを認識すること。引退した元職人、キャリアブランクのある主婦層、シニア層、副業希望者──彼らは「業務を切り出した瞬間」に動き出します。自社の周りには、想像以上に多くの潜在労働力が眠っています。

第三に、ジョブ型雇用は「採用」を超えた「組織設計」の問題であること。導入には業務マニュアル、情報共有ツール、ディレクション体制の整備が必要です。これは中小企業のOSをアップデートする経営判断であり、適切に進めれば採用以外の領域にも大きな効果をもたらします。

「人がいない」と諦めている中小企業の経営者にこそ、ぜひこの「ジョブ型雇用」という発想を検討していただきたいと考えます。労働力は存在しています。ただし、それを呼び込むためには、自社の雇用の仕組みそのものを見直す必要があるのです。

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