こんにちは、栗場石健一です。今回は、あるポスティング会社が、採用広告費を一切かけずに、スタッフを30名から50名に増員した事例です。会社立ち上げ期、資金が限られている状況の中で、「シルバー人材(高齢者スタッフ)がコミュニティを形成する」という特性に着目し、彼らが集まる場そのものを意図的に設計。結果として、スタッフ同士の口コミによる紹介の連鎖が起き、広告費ゼロで20名の追加採用に成功しました。
具体的な仕掛けは、「チラシの配達方式を『個別配達』から『会社への引き取り』に変更する」という、一見採用とは無関係に見える運用変更でした。しかしこの一手が、会社に人が集まる自然な導線を生み、コミュニティの発生を促し、そこから紹介の連鎖が生まれるという、とてもうまい設計になっています。
たくさんの人手がいるのに予算がない…
ポスティング会社の経営には、常に大量の人手が必要という構造的な課題があります。
一般的な地域で、歩いてポスティングを行う場合、1時間あたりの配布量は約100〜200枚。1日5時間稼働しても、1人が撒けるのは約500軒です。市内全域(10万〜15万世帯)を3日でカバーしようと思えば、100人単位のスタッフが常に稼働している状態を維持する必要があります。
このポスティング会社でも、市内全域を3日でカバーするために、常時150人規模のスタッフ体制が理想でした。しかし立ち上げ当初のスタッフ数は30名程度。ここから150名まで増やしていく必要がありました。
しかも、立ち上げ期のため資金は潤沢ではありません。採用広告に大きな予算を割く余裕はない状況でした。集客にも投資が必要で、採用にまで手厚くコストをかけると経営が回らない──こうした資金制約の中で、いかに人を集めるかが最大の経営課題だったのです。
同じ悩みは、シルバー人材が戦力となる多くの業種(清掃、警備、軽作業、農作業支援、地域配送など)の中小企業でも共通しています。
シルバー人材の働く動機
なぜ通常の採用手法では、シルバー人材の獲得が難しいのか。本質的な原因は、シルバー世代が仕事を選ぶ動機の構造が、現役世代とは根本的に異なることにあります。
一般的な採用手法は、現役世代(20〜50代)を想定して設計されています。給与、待遇、キャリア成長、勤務地の利便性──こうした条件を軸に、求職者を惹きつける発想です。
しかしシルバー世代(60代後半以降)にとって、これらの条件はメインの動機になりません。年金があるため生活のために働くわけではなく、キャリア成長を求めているわけでもありません。彼らが本当に働く動機になるのは、「居場所」と「人との関わり」です。
- 退職後、自宅にいる時間が長くなり、社会との接点が減っている
- 家族との会話も限定的で、孤独を感じる時間が増えている
- 「自分はまだ社会の役に立ちたい」という想いを持っている
- 同世代の仲間と気軽に話せる場を求めている
こうした心理を理解せずに、給与や条件だけで求人を出しても、シルバー世代の心には響きません。彼らが本当に欲しいのは時給ではないのです。
さらに、シルバー世代は求人媒体をあまり使わないという特性もあります。IndeedやWebの求人サイトを日常的にチェックしている高齢者は少数派で、彼らへのリーチには別のルートが必要になります。
つまり、シルバー人材の採用難の本質は、「現役世代向けの採用手法を、そのままシルバー世代に適用している」というミスマッチにあるのです。
コミュニティを採用に活かす
そこで実践したのが、「コミュニティを意図的に作り、そのコミュニティを採用エンジンにする」というアプローチです。具体的な仕掛けは以下の通りです。
仕掛け1:「チラシ配達方式」の変更で人を集める場を作る
それまでは、スタッフ一人ひとりの自宅までチラシを届けていました。効率的で丁寧な運用ですが、これではスタッフ同士が顔を合わせる機会が生まれません。
そこで、「これからは会社に引き取りに来ていただく方式に変更します」と切り替えました。これにより、スタッフが定期的に会社に集まる物理的な導線が生まれました。
一見、「サービスの質を下げる変更」に見えますが、実はこれこそがコミュニティ形成の第一歩だったのです。
仕掛け2:集まった場で「団欒」を演出する
引き取りに来たスタッフには、お茶を出して、少し話す時間を作ります。
「最近どうですか?」 「体の調子は大丈夫ですか?」 「お孫さん、今何歳になりました?」
こうした何気ない会話を、経営者が積極的に交わします。ここでのポイントは、単なる業務連絡で終わらせず、雑談を含んだ雰囲気を作ることです。
そうこうしているうちに、次のスタッフが引き取りに来ます。すると経営者を介さずに、スタッフ同士でわちゃわちゃと話し始めるのです。「最近寒くなってきましたねぇ」「うちの畑がねぇ」──こうした会話が自然に生まれます。
これが繰り返されることで、会社が「シルバー人材同士が交流する居場所」として認知されるようになります。
仕掛け3:紹介依頼を「コミュニティ内での相談」として投げる
コミュニティの空気ができあがった頃、こんな声かけをします。
「ちょっと今、人が足りないんです。お友達とかで、ポスティングをやりたい方はいませんか?」
すると即座に反応が返ってきます。
「え?〇〇君、いないのけ?」 「あ、そう。だったら、じゃあ俺ちょっと声かけるよ」 「じゃあ私もちょっと聞いてみるわ」
そして、その日の夜には電話がかかってくるのです。
「〇〇さんっていうのを紹介するからさ、明日連れてくよ!」
これが1件、2件と続き、口コミの連鎖が生まれます。求人広告費ゼロで、次々と新しいスタッフが加わっていく仕組みができあがりました。
なぜこの仕組みが機能するのか──シルバー世代の「コミュニティ心理」
この仕組みが機能する背景には、シルバー世代特有の心理があります。
わかりやすい例として、シルバー世代の習い事の広がり方があります。たとえば大正琴のような趣味の会に一人がハマると、その方が次々と友達を誘い、1人増え、2人増えという流れで仲間が増えていきます。ある時点を超えると、参加者は「大正琴をやりたいから来ている」のではなく、「大正琴をやっているみんなに会いたいから来ている」という状態に変化していきます。
発表会に70人が集まり、そのほぼ全員が同じ紹介者ネットワークで繋がっている、というようなコミュニティが形成されるケースも珍しくありません。シルバー世代は、コミュニティが形成されるとそこに人が集まり続ける──これはこの世代特有の心理特性として、多くの現場でみられる光景です。
ポスティング会社での取り組みは、この心理特性を意図的に採用戦略に組み込んだものでした。仕事そのものが目的ではなく、そこにあるコミュニティが目的化する──この構造を活かすことで、採用と定着の両方が同時に実現できます。
コミュニティ型採用術の効果
このコミュニティ型採用術により、採用広告費ゼロで、スタッフを30名から50名に増員することができました。追加の20名は、すべて既存スタッフ経由の紹介です。1件の広告費もかけずに、20名の増員を実現したことになります。
数字以上に重要なのは、この方法で採用したスタッフの定着率が極めて高いことです。彼らは「仕事のために働く」のではなく「コミュニティに参加するために働く」ため、コミュニティが存続する限り、離職しません。
さらに副次効果として、以下のようなメリットも生まれました。
- 管理コストの削減:スタッフ同士がお互いの様子を気にかけ合うため、経営者側の管理負担が軽減される
- 業務品質の向上:「他のみんなも真面目にやっているから、自分もちゃんとやろう」という同調圧力が良い方向に働く
- 地域内での認知度向上:スタッフ同士の口コミで会社名が地域に広がり、営業面でもプラスに働く
採用コストの削減だけでなく、経営全体の効率化にも繋がる、極めて完成度の高い施策と言えます。
なぜうまくいったのか?
この事例の成功要因を分析すると、以下の3点に集約されると考えます。
1. ターゲット層の心理を正確に捉えた戦略設計
多くの中小企業は、シルバー人材の採用でも「給与」「勤務時間」「業務内容」といった現役世代向けの条件で訴求します。しかしこの事例の本質は、シルバー世代が本当に求めているのは「居場所」と「人との関わり」であるという理解にあります。
孤独の解消、社会との接点の維持、同世代との交流──これらこそがシルバー世代の労働動機の中心にあり、給与はあくまで副次的なものです。この心理構造を正確に理解した上で戦略を組み立てられるかどうかが、第一の分岐点です。
2. 「コミュニティを設計する」という視点
多くの経営者は、コミュニティを「自然発生するもの」と捉えています。しかしこの事例は、コミュニティは意図的に設計できるという視点を持っていました。
チラシ配達の方式を変えるという、一見採用とは無関係に見える運用変更が、実はコミュニティ発生の起点になっていました。「人が集まる物理的な導線」を作り、「集まった時に交流が生まれる仕掛け」を用意する。この設計思想が、第二の分岐点です。
3. 経営者自身の「関係構築力」
この仕組みが機能するには、経営者自身がスタッフとの雑談を厭わない、むしろ楽しめる姿勢が必要です。「最近どうですか?」「お孫さんは?」といった何気ない会話を、業務効率を犠牲にしてでも積極的に交わす──この姿勢がコミュニティの温度を作ります。
経営者がスタッフを「労働力」としてのみ扱うか、「一人の人間」として関わるか。この違いが、コミュニティの発生と持続を左右します。人間関係を大切にする経営スタイルこそが、第三の分岐点です。
あなたの会社で実践・応用するには?
この手法はシルバー人材が戦力となる業種にとって、極めて費用対効果の高い採用戦略です。では具体的にどうすればいいのか?実践できる具体的なステップをお伝えします。
応用例1:シルバー人材が戦力になる業種の見極め
まず、自社がこのコミュニティ型採用を活用できる業種かを見極めます。以下のような業種は、シルバー人材が戦力として機能しやすいため、この手法との相性が良いです。
相性の良い業種
- ポスティング、チラシ配布
- 清掃、ビルメンテナンス
- 警備、駐車場管理
- 農作業支援(収穫、袋詰め、選別など)
- 軽作業(検品、梱包、シール貼り)
- 地域内配送、宅配補助
- スーパー・ホームセンターの品出し、レジ
- 保育補助、学童保育
- 老人ホーム内の軽業務(補助的な業務)
相性がそこまで良くない業種
- 若年層向けの体力仕事(重量物運搬など)
- 高度なデジタルスキルが必要な業務
- 深夜シフトが必須の業務
自社の業務内容と照らし合わせて、シルバー人材が担える業務を切り出せるかを検討してください。以前の記事で紹介した「ジョブ型雇用(業務の細分化)」の発想と組み合わせることで、より柔軟に業務設計ができます。
応用例2:コミュニティを生む「集まる導線」の作り方
コミュニティ型採用の第一歩は、スタッフが自然に集まる物理的な導線を作ることです。実装のためのアイデアをいくつかお伝えします。
アイデア1:業務の一部を「会社に来る形式」に切り替える
シフトの共有、備品の受け取り、業務報告書の提出、給与明細の受け取り──これらの業務を、「電子データ送付」や「郵送」ではなく「会社に来て受け取る」形式に変えます。これだけで、月に数回、スタッフが会社に集まる自然な理由が生まれます。
アイデア2:定期的な「お茶会」を設定する
月1回、決まった曜日と時間帯に「スタッフのお茶会」を設けます。参加は自由、テーマなし、雑談だけの時間。「お茶と菓子代」として少額を経費計上しても、月数千円〜1万円程度で運営できます。
アイデア3:会社の一角に「休憩スペース」を設ける
小さなテーブルと椅子、給湯設備を用意した休憩スペースを会社の一角に設けます。スタッフが業務の前後に立ち寄って休める場所を作ることで、自然な交流が生まれます。
応用例3:経営者自身の「関係構築の姿勢」
コミュニティ型採用が機能するかどうかは、経営者自身の姿勢にかかっています。以下の姿勢を意識してみてください。
姿勢1:名前を覚える
集まってくれる全スタッフの名前を、必ず覚えて呼びかけます。「あなた」「そちら」ではなく「田中さん」「佐藤さん」と名前で呼ぶ。これだけで、スタッフの心理的な距離が縮まります。
姿勢2:雑談の時間を惜しまない
業務効率を優先して、集まったスタッフとの会話を「短く済ませたい」と思うのは自然です。しかし、この雑談こそがコミュニティの温度を作ります。「最近どうですか」「体の調子は?」「お孫さんは?」といった何気ない会話に、10〜15分は割く覚悟が必要です。
姿勢3:困りごとを聞く
業務に関する困りごとだけでなく、生活上の困りごとにも耳を傾けます。「病院までの送迎で困っている」「電球の交換ができない」といった話が出てきたら、可能な範囲で助言や紹介をします。これが「この会社は自分のことを大切にしてくれる」という信頼に変わります。
応用例4:紹介を依頼する「タイミング」と「言い方」
コミュニティが育ってきたら、紹介を依頼するタイミングと言い方が重要になります。
タイミング
コミュニティが「業務のためだけの場」ではなく「集まること自体が楽しい場」に変わったと感じた時が、紹介依頼のベストタイミングです。目安としては、定期的な集まりが3〜6ヶ月続き、スタッフ同士の会話が自発的に生まれるようになった段階です。
言い方
「求人を出すのでよろしく」ではなく、「皆さんに相談したいことがあるんです」という形で切り出します。
「実は今、人が足りなくて困っているんです。もしお友達で、少しでも興味を持ちそうな方がいたら、教えてもらえませんか?」
このように「相談」の形で依頼することで、スタッフは自分たちが頼られていると感じ、積極的に動いてくれます。「業務命令」ではなく「仲間としての依頼」がポイントです。
応用例5:紹介してくれた人への「感謝の可視化」
紹介の連鎖を持続させるには、紹介してくれた人に対する感謝を、明確に可視化することが重要です。
- 紹介者と被紹介者の両方に、心のこもった手書きのお礼状を渡す
- 集まりの場で「〇〇さんが紹介してくださった△△さんが、来週から加わります」と紹介
- 紹介実績が積み重なった方には、感謝の意を込めた食事会などを実施
金銭的な紹介料も選択肢ですが、シルバー世代にとっては「感謝されている実感」の方が動機として動いていただけるケースが多いです。感謝の言葉と態度を惜しまないことが、次の紹介を生みます。
応用にあたっての注意点
最後に、このアプローチを実践する際の3つの注意点をお伝えします。
注意点1:コミュニティは短期では育たない
コミュニティが「紹介が生まれる場」に育つまでには、最低でも3〜6ヶ月の時間が必要です。「導入したその日から紹介が集まる」ということはありません。じっくりと関係を育てる長期視点が求められます。
注意点2:経営者の負担が増える可能性
雑談の時間、集まりの運営、個別の関係構築──コミュニティ型採用は、経営者自身の時間投資が必要な施策です。「効率化した経営」を目指す方には、心理的な負担が大きく感じられるかもしれません。ただしその投資は、採用広告費の削減や離職率の低下という形で、大きなリターンとして返ってきます。
注意点3:コミュニティは「馴れ合い」に変質するリスクもある
コミュニティが強固になりすぎると、業務に対する緊張感が失われ、馴れ合いに変質するリスクがあります。「みんな仲間だから、多少ミスがあっても許される」という空気が生まれると、業務品質が低下します。経営者は、コミュニティの温かさと業務の緊張感のバランスを意識して運営する必要があります。
まとめ
最後にまとめますね。
第一に、シルバー世代の労働動機は「給与」ではなく「居場所」であることを理解すること。この心理構造を捉えた上で採用戦略を組み立てることで、現役世代向けの手法では届かなかった層にリーチできます。
第二に、コミュニティは意図的に設計できるという視点を持つこと。「人が集まる物理的な導線」と「集まった時に交流が生まれる仕掛け」を用意することで、コミュニティは自然発生ではなく計画的に育てられます。
第三に、経営者自身の関係構築の姿勢が、コミュニティの温度を決めること。名前を覚え、雑談を惜しまず、困りごとに耳を傾ける。この姿勢が、スタッフに「この会社に居続けたい」と思ってもらい、仲間を紹介してもらえる連鎖を生みます。
求人広告費が高騰する時代、広告費に頼らない採用チャネルを持つことは、中小企業にとって極めて重要な経営基盤になります。とくにシルバー人材が戦力となる業種であれば、このコミュニティ型採用術は、明日からでも取り入れられる強力な武器になりますね。
まずは、自社のスタッフが自然に集まる導線を一つ、設計してみてください。半年、一年と経つ頃には、口コミの連鎖が始まっているはずです。

