こんにちは、栗場石健一です。どこにでもある普通の塾が、採用広告費を一切使わずに、アルバイト講師を常に確保し続けている事例です。秘密は「卒業生」を採用ターゲットにしていること。大学受験に合格して塾を巣立っていく高校生に対して、「うちで働かないか」と手紙(またはLINE)で声をかけることで、毎年安定的に講師人材を確保しています。
一般的な塾は、塾講師ナビやIndeedといった求人媒体に広告を出して大学生講師を募集します。しかしこの塾は、すでに自塾のことを知り尽くしている卒業生にアプローチすることで、求人広告費をゼロにしながら、質の高い講師を確保し続けているのです。具体的な手段として使われているのが、「お願いレター」と呼ばれる形式の手紙・メッセージです。卒業のタイミングで送るこの一通のレターが、卒業生の心を動かし、「他のバイトを探すより、この塾で働きたい」と思わせる強力なツールとして機能しています。
人材の入れ替わりが激しい塾業界の採用
塾業界に限らず、季節ごとに人材の入れ替わりが激しい業界では、継続的な採用活動が経営の負担になっています。
塾の場合、大学生講師は自身の卒業や就職活動、留学などで数年ごとに入れ替わります。そのたびに求人広告を打ち、応募者と面接し、指導方法を一から教える──この採用サイクルを毎年繰り返す必要があります。
さらに、求人媒体経由で応募してくる大学生講師は「時給と勤務地」で塾を選んでいるケースが多く、塾の教育方針や生徒との相性に共感して来ているわけではありません。結果として、指導の質にばらつきが出たり、生徒との関係構築に時間がかかったり、短期間で辞めてしまったりという問題が起きがちです。
塾以外の業種でも、同じような課題は存在します。飲食店、美容室、リフォーム会社など、顧客との関係性が事業の核となっている業種では、「自社のことをよく理解した人材」を求人媒体経由で見つけるのは至難の業です。
過去の顧客は採用資産
なぜ求人媒体経由の採用では、「自社のことを深く理解した人材」を確保しにくいのか。本質的な原因は、求人媒体という仕組みそのものが「初対面の人同士のマッチング」を前提としているからです。
Indeedやリクナビ、タウンワークといった求人媒体は、企業と求職者を「初対面の状態」でマッチングさせる仕組みです。求職者は求人票の情報だけで企業を判断し、企業は面接の短時間だけで応募者を判断します。
この構造では、以下のような課題が構造的に発生します。
- 応募者は企業の実態をよく知らない状態で応募してくる
- 企業も応募者の人柄を短時間の面接だけで判断しなければならない
- 入社後に「思っていた仕事と違った」というミスマッチが起きやすい
- 定着せずに離職するケースが多い
一方、世の中には「その企業のことを深く理解している人」が確実に存在しています。それが「過去の顧客」であり、塾の場合であれば「卒業生」です。彼らは長期間にわたって企業(塾)と接してきており、企業の理念、スタッフの人柄、サービスの質を、実体験を通じて知っています。
しかし多くの企業は、この「過去の顧客」を採用候補として認識していません。「顧客は顧客、従業員は従業員」という区分けの中で、貴重な採用資産を見過ごしているのです。
お願いレターとはどんなもの?
そこで実践されているのが、「お願いレター」を活用して過去の顧客(塾の場合は卒業生)にアプローチするという戦略です。
「お願いレター」の実際の文面
この塾では、卒業のタイミング(2月頃)で、卒業生に以下のようなメッセージを送っています。
「〇〇(塾名)を卒業する君へ、1つお願いがあります。
卒業おめでとう。これから新しい大学生活の準備で忙しいところだと思います。
今日は君に1つお願いがあって手紙を書いています。知っての通り、当塾は卒業生が後輩たちの大学受験をサポートする体制で成り立っています。君に3年間教えてくれた大学生講師も、実はこの塾の卒業生なんです。
だから、今度は塾を巣立つ君が『次の後輩たちの先生』として、彼らを志望校合格へ導いてくれませんか? うちで一緒に働いてサポートしてもらえないか、というお願いのために手紙を書きました」
短いながら、この文面には巧妙な工夫が幾重にも詰め込まれています。
この文面が機能する4つの仕掛け
仕掛け1:「お願い」というスタンス
「求人募集」ではなく「お願い」として切り出しています。求人媒体的な「募集」の言葉は、応募者を選別する上下関係を暗示しますが、「お願い」は対等な依頼の関係を作ります。相手は「頼られている」と感じ、心理的に応じやすくなります。
仕掛け2:「卒業おめでとう」という祝福から始める
いきなり本題に入るのではなく、まず卒業を祝福する言葉から始めます。相手の人生の節目を認識してくれている、というだけで、送り手への好意が生まれます。
仕掛け3:「実は君の先輩もこの塾の卒業生」という事実の開示
「あなたに3年間教えてくれた大学生講師も、実はこの塾の卒業生」という事実を伝えることで、「この塾で講師をすること」が特別で自然な選択肢として提示されます。「自分もあの憧れの先輩と同じ立場に立てる」というポジティブな想像が生まれます。
仕掛け4:「後輩を導いてほしい」という役割の付与
単なる「バイトのお願い」ではなく「後輩たちを志望校合格へ導く役割」として仕事を提示しています。これは前回の記事で述べた「仕事内容を価値レベルで伝える」という原則と完全に一致します。時給いくらの労働ではなく、意味のある役割として仕事が定義されているのです。
採用広告費ゼロで安定的に質の高い人材を確保
このお願いレター戦略により、塾は採用広告費を一切かけずに、毎年安定的にアルバイト講師を確保できる状態を作れています。
数字以上に重要なのは、集まる講師の質の高さです。
- 塾の教育方針を実体験で理解している
- 生徒(自分と同じ環境の高校生)の気持ちが分かる
- 塾のスタッフや文化に既に馴染んでいる
- 「後輩を導きたい」という強い動機を持って働く
結果として、指導の質が高く、生徒との関係構築もスムーズで、定着率も極めて高い講師陣が構成されます。これは求人媒体経由の採用では絶対に実現できない、関係性ベースの採用ならではの成果です。
さらに副次効果として、以下のようなメリットも生まれています。
- 卒業生との関係性の継続:卒業後も塾との関わりが続くことで、卒業生ネットワークが育つ
- 在校生への好影響:「自分も卒業後、この塾で講師として働くかも」というモデルが目の前にあることで、在校生の塾への愛着も深まる
- 塾のブランド強化:「卒業生が講師として戻ってくる塾」というポジショニングが、新規生徒の獲得にも好影響を与える
採用施策が、事業全体のブランディングと組織文化の醸成に繋がっている、極めて完成度の高い戦略と言えます。
なぜうまくいったのか?
この事例の成功要因を分析すると、以下の3点に集約されると考えます。
1. 「過去の顧客」を採用候補として認識する視点
多くの企業は、「顧客」と「従業員候補」を完全に別々の存在として管理しています。しかし、この事例の本質は、過去の顧客こそ最も自社を理解している人材であるという発想の転換にあります。
塾の卒業生、飲食店の常連客、リフォーム会社の過去の施主──これらの人々は、既に自社のサービスや文化を体験している、極めて貴重な採用候補です。この視点を持てるかどうかが、第一の分岐点です。
2. 「お願い」というスタンスの心理的な巧妙さ
「求人募集」ではなく「お願い」として切り出す姿勢は、送り手と受け手の関係性を根本から変えます。上下関係のある「募集と応募」ではなく、対等な「依頼と協力」の関係になることで、相手の心理的な抵抗が下がります。
しかも「お願い」と言われた相手は、心理学的に「返報性の原理」が働きやすくなります。「これまで塾にお世話になったから、今度は自分が恩返しをしたい」という感情が自然に湧き上がるのです。
3. 仕事を「役割」として提示する言語化
「アルバイト」ではなく「後輩を志望校合格へ導く先生」として仕事を提示することで、応募者の心を動かします。これは前回の記事で述べた「仕事内容を作業ではなく価値で伝える」という原則の実践例そのものです。
同じ業務内容でも、「時給1,200円のアルバイト」と伝えるか、「後輩を導く先生の役割」と伝えるかで、応募者に伝わる魅力は根本的に変わります。この言語化の力が、第三の分岐点です。
あなたの会社で実践・応用するには?
この施策の良いところは、今すぐ、一通の手紙を書くだけで始められるということです。求人広告費もサイト改修も動画制作も不要。ペンとレターセット(またはLINE、メール)があれば、明日にでも実行に移せます。あなたの会社で実践できる具体的なステップを提案します。
応用例1:自社の「過去の顧客リスト」を採用候補として見直す
まず、自社の過去の顧客リストを、採用候補リストとして見直す作業から始めます。以下のような視点で顧客を分類してみてください。
分類1:自社への好意度が高い顧客
長期にわたって取引がある、リピート率が高い、口コミで他の顧客を紹介してくれた、SNSで好意的な発信をしてくれた──こうした顧客は、自社への好意度が特に高い層です。まずここに絞ってアプローチします。
分類2:自社のサービスを深く理解している顧客
過去に複数回サービスを利用している、詳細な要望や感想を伝えてくれた顧客は、自社を深く理解しています。彼らは入社後の戦力化が早い可能性があります。
分類3:ライフステージが変化している顧客
塾の卒業生のように、自然にライフステージが変化するタイミングを迎えた顧客も、有力な候補です。子育て、退職、転職、独立、起業など、生活の節目にある顧客は、新しい働き方を求めていることがあります。
応用例2:業種別「お願いレター」のテンプレート
参考までに、業種別のお願いレターのテンプレートを紹介します。
飲食店の場合
「〇〇様、いつも当店をご利用いただき、本当にありがとうございます。
今日は、〇〇様に一つお願いがあってご連絡させていただきました。
現在、当店では、こだわりを持って一緒に働いてくれるスタッフを募集しています。当店の味や空間を愛して通ってくださっているお客様だからこそ、当店のこだわりを深く理解してくださっていると感じ、真っ先にお声がけさせていただきました。
もし〇〇様、あるいは〇〇様のお知り合いで、当店のスタッフとして一緒に働いてみたいとお感じの方がいらっしゃれば、ぜひ教えていただけないでしょうか」
リフォーム会社の場合
「〇〇様、〇〇年〇月に当社で施工させていただいた〇〇工事のあと、いかがお過ごしでしょうか。
今日は、〇〇様に一つお願いがあってご連絡させていただきました。
現在、当社では新しい仲間を募集しています。当社の施工やサービスを気に入ってくださり、応援してくださるお客様の中から、今度は従業員として一緒に会社を盛り上げてくれる仲間を探しています。
〇〇様は、私たちの仕事の質をよくご存知の立場です。もし〇〇様、あるいは〇〇様のお知り合いで、当社で働くことに興味を持ってくださる方がいらっしゃれば、ぜひお声がけいただけないでしょうか」
美容室の場合
「〇〇様、いつも当店にお通いいただき、本当にありがとうございます。
今日は、〇〇様に一つお願いがあってご連絡させていただきました。
現在、当店では、一緒に働いてくれるスタッフを探しています。当店の雰囲気や技術を愛してくださっているお客様だからこそ、当店の良さを深く理解してくださっていると感じ、お声がけさせていただきました。
もし〇〇様、あるいは〇〇様のお知り合いに、美容のお仕事に興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えていただけると嬉しいです」
製造業(BtoB)の場合
「〇〇株式会社 〇〇様、いつも当社の製品をご利用いただき、誠にありがとうございます。
今回は、〇〇様に一つお願いがあってご連絡させていただきました。
現在、当社では新しい仲間を募集しています。当社の製品や仕事ぶりをご存知の〇〇様だからこそ、当社の良さを的確に理解してくださっていると感じ、真っ先にご相談させていただきました。
もし〇〇様の周りに、当社で働くことに興味を持ってくださる方がいらっしゃれば、ぜひご紹介いただけないでしょうか」
これらはあくまでテンプレートです。自社らしい表現、送り手と受け手の関係性を反映した言葉でカスタマイズすることが重要です。
応用例3:効果的な「お願いレター」を書く5つの原則
お願いレターの効果を最大化するために、以下の5つの原則を守ってください。
原則1:「募集」ではなく「お願い」の言葉を使う
「新規スタッフ募集のお知らせ」ではなく「一つお願いがあります」と切り出します。上下関係のない対等な依頼の姿勢が、相手の心を開きます。
原則2:相手のこれまでの関係性を承認する
「いつもご利用いただき」「〇〇年〇月に施工させていただいた」など、これまでの関係性を具体的に言及します。相手は「自分のことを覚えてくれている」と感じ、送り手への好意が増します。
原則3:「なぜこの相手を選んだのか」を明示する
「〇〇様だからこそお声がけさせていただきました」という選定理由を必ず伝えます。「不特定多数にばら撒いた案内」ではなく「あなただからこそ」という特別感が、応じる動機を高めます。
原則4:仕事を「役割」として提示する
「スタッフ募集」ではなく、「後輩を導く先生」「会社を盛り上げる仲間」といった役割としての言語化を意識します。単なる労働ではなく、意味のある関わりとして仕事を提示することで、応募動機を刺激します。
原則5:「お知り合いの紹介でもOK」の一言を添える
本人が働く気がない場合でも、周りに紹介してもらえる可能性があります。「〇〇様、あるいは〇〇様のお知り合いで」という表現を入れることで、間口を広げられます。これは過去の記事「常連客に特化したリファラル採用」の発想とも重なります。
応用例4:配信手段の選び方
お願いレターは、どの手段で送るかによっても効果が変わります。相手との関係性や年齢層に応じて選び分けてください。
- 手紙(郵便):最も丁寧で温かみが伝わる。年配層、長期取引の重要顧客に効果的
- LINE公式アカウント:若年層、日常的にLINEで繋がっている顧客に効果的
- メール:BtoBの取引先、日常的にメールで繋がっている顧客に効果的
- 電話:特に関係性の深い顧客、要件を口頭で伝えたい場合に効果的
- 対面:店舗に来店した際、対面で自然に切り出す形
手段は複数を組み合わせても構いません。「まず手紙を送り、来店時に直接お礼を伝える」といった二段構えのアプローチも効果的です。
まとめ
「過去の顧客(卒業生)を採用ターゲットにする」という発想と、「お願いレター」というシンプルなツール。この2つを組み合わせるだけで、採用広告費ゼロで質の高い人材を確保できる仕組みが作れます。
最後に3つにまとめます。
第一に、「過去の顧客」を採用資産として再認識すること。自社を深く理解してくれている顧客は、最も信頼できる採用候補です。今すぐ自社の顧客リストを、採用候補という視点で見直してみてください。
第二に、「お願い」というスタンスで対等な依頼関係を作ること。「募集」ではなく「お願い」として切り出すことで、相手の心理的なハードルが下がり、応じる動機が生まれます。
第三に、仕事を「役割」として言語化して提示すること。時給いくらの労働ではなく、意味のある役割として仕事を伝えることで、応募動機を根本から変えられます。
求人広告費に頭を悩ませている中小企業の経営者にこそ、ぜひこの「お願いレター」戦略を試していただきたいと考えます。今すぐ、自社への好意度が高い顧客を5人思い浮かべ、一通のお願いレターを書くところから始めてみてください。求人媒体では絶対に出会えない、質の高い人材との出会いが、そこから始まるはずです。

